第一志望の高校には無事合格できましたが、ギリギリでの合格だったため、入学後の学年順位は下から数えた方が早いくらいでした。中学までは余裕で上位に入っていたのに、それが一気に逆転。思えば人生で初めて味わった「挫折」でした・・・。「どうせやってもムダ」とあきらめムード一色で、まったくやる気のない高校生活を送ってしまいました。
いよいよ卒業間近になり、進路を決める時が来ました。自分の偏差値を冷静に見て「このまま普通の大学に行ったらパッとしない人生になりそうだな〜・・・」と思いました。勉強が出来ないなら「何か手に職をつけるしかない!」と思い、どうしたらよいか考えました。
自分の家が歯科医院だったので「これが一番確実かな」と考え、大学の歯学部を目指すことになりました。歯科医師を目指したきっかけはハッキリ言ってまったく立派なものではありませんでした。
しかし勉強は出来なかったので、当然のように浪人決定。新前橋駅近くの予備校に通う1年間が始まりました。この予備校には英語の教え方がとても上手な先生がいて、一気に英語が得意科目になりました。得意科目は英語だけでしたが、何とか1浪で歯学部に合格することができました。
大学生活が始まり、初めて親元を離れての一人暮らしも体験しました。ご飯と洗濯、掃除などをすべて自分でやるということを経験し、初めて親のありがたみが身にしみました。大学時代は釣り(ルアーフィッシング)に夢中になり、夏は毎週のように近くの湖まで出かけていました。
6年間の大学生活を終え、進路の専門分野を決める時期になりました。歯科医師の専門分野には、むし歯に詰めものをしたり、入れ歯を作ったり、差し歯を作ったり、歯ならびの矯正をしたりというじつはたくさんの専門分野があります。(そういった意味で、かかりつけの歯医者さんにも必ず得意・不得意分野があると思います)
卒業までには専門分野を決める必要がありましたが、自分には「これをやりたい!」と強く思うものがありませんでした。父に相談したところ「せっかく自分の家が矯正治療専門の歯科医院なんだから、まずは矯正を勉強してみたらどうか?」と言われました。そのアドバイスで専門分野は「矯正歯科」を選ぶことにしました。両親の後押しもあり、4年間の大学院に進学することになりました。
無事国家試験に合格し、歯科医師免許を取得して矯正科の大学院に進学しました。「これで患者さんの治療ができる!」と意気込んでいましたが、待っていたのは厳しい下積みの毎日でした・・・。
毎日のように深夜まで医局に残り、やることと言えば雑用ばかり・・・。「何のために大学に来ているんだろう・・・」目標を完全に見失いそうな毎日でした。しかしこの経験で「忍耐」ということを学ぶことができ、今思えば人生の上でも役立っています。
そして大学院も無事卒業、博士号も取得し、2002年4月より郷里の前橋に戻り、父が院長をしていた前橋矯正歯科での勤務が始まりました。
徐々にでしたが自分の担当する患者様が増えていきました。
すると患者様が治療を終えて「患者様の喜びに接する機会」に接することが多くなってきました。それを繰り返すうちに「喜ばれることに喜びを感じる」ようになりました。そして「先生のおかげです、ありがとうございました!」と言われることに感動するようになりました。
その結果、今の仕事に対して非常に「やりがい」を感じるようになりました。今なら言えますが、自分の仕事に誇りを持っていますし、本当に今の仕事に就いて良かったです。これからも一生懸命な患者様の手助けをしていく気持ちに変わりはありません。
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